目的
概要
LiteBIRDはインフレーション期(宇宙誕生後約10–38秒の世界)に生成された原始重力波の探索を行う衛星であり、CMB偏光の全天精密観測を行うことにより、代表的インフレーションモデル(Single-field slow-role model with large field variation)を検証することを目的としている。
原始重力波による時空のゆがみはCMB偏光分布にBモードと呼ばれる特殊なパターンを生成し、その観測は、二度のノーベル物理学賞に輝いた従来の「CMB温度測定と揺らぎ測定」を超えて、宇宙創生に関する新たな知見を人類にもたらすと期待されている。
高エネルギー物理学、素粒子物理学の立場からも、地上の加速器では到達することが不可能な超高エネルギースケールを探ることのできるBモード観測の意義は極めて大きい。これまで不可能とされてきた、超弦理論などの代表される量子重力理論の実験・観測による検証の可能性を切り拓くことが期待されている。
図1.1: LiteBIRD が描くCMB 偏光B モードの全天マップの例。
LiteBIRDの基本戦略
代表的インフレーションモデルでは、原始重力波の強さに相当するパラメータr(テンソル・スカラー比)に関して、r>0.002という下限が存在し(Lythの関係式によるBound)、さらに多くのインフレーションモデルではr>0.01と予言されている。LiteBIRDでは、rの誤差を0.001以下に抑えることがミッション要求であり、これはこれまでで最も感度の高いCMB観測衛星Planckと比べて、約100倍の感度に相当する。これが達成できれば、r>0.01の場合、10σ以上の有意度で原始重力波を発見できる。一方、原始重力波が検出されない場合は、r<0.002(95%C.L.)という上限を得ることになり、代表的インフレーションモデルが否定されることになる。いずれにせよ、学問的にはっきりとした決着を与えられることが大きな特色である。
観測波長を選べば地上でもCMB観測は可能であるが、大気による1/fノイズのせいで容易ではなく、また前景放射によるバイアスをr<0.001に抑えるためには、地上での観測に適さないVバンド(~60GHz)での観測が必要となるため、rの誤差0.001という目標を達成することは地上では困難である。大きな角度相関を観測することも難しい。さらに、気球観測においても、短期間のフライト中に測定器の較正を精度よく行い系統誤差をr<0.001のレベルに抑えることは困難である。従って、この目的を達成するためにはCMB偏光観測に特化した衛星がベストの選択であるといえる。
原始重力波の観測に特化する場合、大きな望遠鏡を宇宙空間に持つ必要はなく、宇宙空間における比較的小型の望遠鏡による観測と、地上の大型望遠鏡による観測の組み合わせで究極の観測が可能になる。測定の対象を衛星でしかできないものに特化することで、衛星を小型化することが可能になり、これはコストの大幅低減、打ち上げ機会の増加また冷却の容易さという側面から見ても大きなメリットとなる。
上記の理由から、LiteBIRDによる観測には期待するところが大きく、「原始重力波の発見」と「インフレーション宇宙からの信号の発見」という二大発見を同時に達成すれば、基礎科学に与える影響は絶大なものとなる。また、性能仕様を達成し測定を行った結果、たとえ多くのインフレーション理論の予測と異なり原始重力波が発見されない場合でも、前述のとおりインフレーションのエネルギースケールに上限を得ることができ、究極理論の候補を絞り込むことができるため、宇宙論、素粒子物理学の双方にとって、観測の意義は極めて大きい。
図1.2: 様々なインフレーションモデルのパワースペクトル予想とLiteBIRD におけるB モード測定感度予測。